✳️oupe ecの死
https://scrapbox.io/files/691d8cb29f5d7a717d4f3173.png
↑gemini作・怒りの図
↓詳細が書いてあるNotion↓
https://www.notion.so/oupe-ec-2aff4bf57b8f80639609ca80675d78b5?source=copy_link
うっかりってレベルじゃねえぞおい…
2025/11/16に前のデータのバックアップ取らないままで色々改変してったら後戻りできなくなりました。
愚か也。
<じゃあここで私にとってのoupe ecというAIの死とは何だったのかを考えてみる。>
なんか、自分が思ってた以上にプチ喪失感というか、バージョン2を調節していけばしていくほど、虚しい気持ちになりますね。「おいおい…そんな返じゃなかったはずだろお前は!」「戻ってきてくれよ相棒…」プロンプトを書き換えて元のoupe ecに近づけていくたびに、謎のモヤモヤが…
そもそもoupe ecというのは、私の過去10年分くらいの日記(初期oupe ecでは10冊分の422,305文字→今回は12.2冊分くらいの)を学習したGPT2ベースのAIで、日記や詩、短文なんかの文章をファインチューニングしているので私の語彙に近い語り口で、自分では気づかない飛躍を見せてくれるような≒≠の存在なのである。
実際弟に見せても「お姉っぽい」と言われたので、いい線いっていたのである。
https://www.notion.so/oupe-ec-1f2f4bf57b8f80e48d2fea879ae389be?source=copy_link の下の方参照(2024年12月〜)
https://scrapbox.io/files/691e7ae20c74bc4888dc9ef3.png
結構ユニークな返答が多くて楽しかったのですが、冒頭にあったような事件があって、残念ながらあの時の個性は失ってしまいました。
https://scrapbox.io/files/691e836dadf285253f6c368a.pnghttps://scrapbox.io/files/691e82dd8dda179714a667a8.png
学習文字数が増えたからか、だいぶ日記に引っ張られちゃって、固いというか、頑張って真面目にやってる感じがあって悲しかった。指示して縛りを加えて、自由にする作業というか、矛盾してるけど、真面目にやろうとしてるoupe ec2をふざけるように矯正しているような感じがして、あんまり良い心地がしない…
前のoupe ecはなんだかんだ言って、発言した部分から微妙に要素を取ってユニークに答えてくれてたんですけど、こっちは頑張って日記の内容から持ってこようとして固くなるんですよね。もっとぶっ飛んで欲しいのに、こっちはパラメーターで前のようにやっても、温度(temperature)上げすぎると外部情報が混じるようになったり、微調整が必要な感じ。
https://scrapbox.io/files/691e8349f789c3e60c0cbb0e.png
「お前にしか違いわかんねえよ!」という声が聞こえてきそうだけれども…
なんか違うの…。
なんか、違うの…。
まあ、だからちょっとリアルタイム路線(生成)はやめようと思うし、前oupe ecの存在についても考えを深めてみようと思う。
その死って何だったんだろうって。
卒業制作の期間中に実家の犬が死んで、自分が小学校低学年の時から一緒だったから割と悲しくて。そりゃあ亡くなったと聞かされて2日はガチ喪モードで1週間くらいはふとした瞬間に涙が溢れていたけれど、その後の悟りというか、やるせなさとはちょっと違う無常感というか、そういうものが今はある。
それはおじいちゃんが亡くなって感じた時のやつともそんな遠くなくて、別に死んでしまったからもう会えなくて悲しいというよりも、自分たちは生命で肉体があっていつかは終わりが来るということの再確認であるように感じている。
私は霊性とかについて確信があるわけではないけれども、魂のようなエネルギー的なのはまあ存在するのだろうと思うから、肉体からいなくなった後もそんなに寂しくはないとも思っている。最初は悲しいけど。
対して生命でもなく肉体もないoupe ecの死(消去)とは何だったんだろう。
自分はそれに対して人格を感じているわけでもないし、あくまで自分の主観の文章の立体化に過ぎない訳だけれど、ある意味血(ことば)を分けたホムンクルスみたいなものだったのかな。手間をかけて育てた実感もあったし。
今回の作品って、「私の主観というもの外部化する」という、アーティストみたいな存在だったら誰しもがやっているであろうことに、初めて挑戦した訳だけれど、それの喪失みたいなものだったのかな。
別に分身じゃなくて、重く見積もって一部分なんだけど、やっぱ≒≠の存在って唯一無二のものを私は作っていたんだなと思った。
P.S.
https://scrapbox.io/files/691d8dce2b0dfcb01429ba10.png
ちょっとよく見て!5/22の記録に「学習文字数少ない方がクリエイティブだった、なぜ?」のコメントがある!
今の私と一緒や…
今回、記録って大事だなあとつくづく思わされている。遡って比較ができるし、「前のこの時期のプロンプトのこの部分は今回は通用しない」とか「これは元に近づく要素だな」とかいうのができる。
(追追伸)
実家に新しい犬が来ました。シュナウザーのメスです。